「そのとき」へ向けた気持の持ちようと魅力ある「生」の謳歌(おうか)

次は、2018.3.22付け熊本日日新聞夕刊「一筆」欄の記事です。

筆者は熊本労災病院院長 猪俣裕紀洋氏です。

 

人間誰しも、いつかは亡くなります。私は今まで3回死にかけました。2回は学生時代。冬や夏の登山中でした。命を尊ぶべき医学生ともあろうものが、とひどく怒られました。3回目は50歳の時。学会場に行く途中、胸痛とともに意識消失。きれいなお花畑が見えました。周りに医者が多くいて蘇生してもらい、気づいたら救急車の中でした。

3月から5月は、年間で自殺の多い時期です。周囲が変化する中で取り残される挫折感、絶望感が影響するのかもしれません。この10年間で自殺者数は3分の2に減少しましたが、健康問題がその最多理由です。体の病気を診る当院のような急性期病院にも、身体疾患に伴う心の問題に精神科の医師が対応する「リエゾン(連携・相談)精神科」が設けられています。

一方、救命を至上命題にしてきた医師の仕事は、医療や介護の職種と連携しながら、どう生命を終えるのかのサポートも含むようになりました。老いて自分で食べることができなくなったら、それが「時期」ではないかという平穏死のすすめが急速に世間に普及。もしもの時にどうしたいか、どうしてほしいかの意思表示を、あらかじめしておくアドバンスケアプランニング(ACP)も提唱され始めています。

そんなことを考えるなんて縁起でもないと思われるかもしれませんが、「そのとき」へ向けた気持の持ちようを、家族や周囲の方も含めて考えてみてはいかがでしょうか。その上で、それぞれの魅力ある「生」を存分に謳歌(おうか)(おうか)したいものです。

 

氏は「人間誰しも、いつかは亡くなります。」

「老いて自分で食べることができなくなったら、それが『時期』ではないかという平穏死のすすめが急速に世間に普及。もしもの時にどうしたいか、どうしてほしいかの意思表示を、あらかじめしておくアドバンスケアプランニング(ACP)も提唱され始めています。」と述べられ、「『そのとき』へ向けた気持の持ちようを、家族や周囲の方も含めて考えてみてはいかがでしょうか」と提唱され、「その上で、それぞれの魅力ある『生』を存分に謳歌(おうか)したいものです。」と述べておられます。

 

この記事は“人”の「そのとき」と「生」の謳歌(おうか)についてであり、安易にペットちゃんののことに当てはめることはできないかもしれませんが、“人”もペットちゃんも「生き物」ということにおいては共通で、そのペットちゃんがその人にとってかけがえのない存在であればあるほど、この記事の「そのとき」と「生」の謳歌(おうか)についてと同様のことが言えるのかもしれません。

精一杯愛しみ、精一杯「生」を謳歌(おうか)してもらい、そして精一杯見守って“その子”のための最善の道を選択してあげたいものです。

 

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